「企業価値をどうみるか?」
M&Aを検討する場合、譲渡側にとっても買収側にとっても、まず一番に気にかかるキーポイントとなるのは、譲渡対象の企業価値がどの程度であるかという点でしょう。
しかし、一般的に売買される単純な消費財などとは異なり、「企業」というものの価値評価は多面的かつ複雑で、容易に算定できるものではないのも事実です。
そもそも企業はひとつとして同じものがなく、ビジネスモデルや将来性、収益力、現時点での保有資産、独自性など、何に注目するかで評価も大きく違ってきます。
そのため価値評価に用いられる算定手法もひとつではなく、複数存在するのです。
関連記事:企業価値評価とは?基礎知識とそのメリットを徹底解説。
そこで今回は実際のM&Aにおいて、双方が納得できる適正な価値評価とそれに基づいた取引を実現できるよう、主な「企業価値評価の方法」とその特徴についてご紹介します。
現在、考えられる複数の企業価値評価方法は、その種類からおよそ3つに大別できます。
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
- インカムアプローチ
このうち2つ目の「マーケットアプローチ」は、実際のM&A市場や株式市場など、取引現場における価額を基準に計算するものです。
採用できる場合には高い客観性をもった価値の算定が可能です。
しかし、なかなか同じビジネスモデル、同規模の類似した企業を探し出したり、M&Aの過去取引における似た事例を参照したりすることは容易ではありません。
とくに中小企業の場合、公開された上場企業の情報から類似ケースを見出すことは困難です。
取引事例に関しては、まだ日本国内における実績件数やデータベース化が不十分で機能していない現状があります。
手法としては、前者を「類似企業比較法」といい、後者を「類似取引比準法」といいます。
しかし、いずれもあまり利用されていないため、ここでは「コストアプローチ(簿価純資産法・時価純資産法)」と「インカムアプローチ」の2つをより詳しくみていきます。
目次
コストアプローチ(簿価純資産法と時価純資産法)
「コストアプローチ」とは、対象となる企業の純資産、保有資産と負債をもとに価値を算定する方法です。
主なものに「簿価純資産法」と「時価純資産法」があります。
簿価純資産法とは?
「簿価純資産法」は、対象企業がもっている事業の資産と負債を帳簿に基づいて計算し、企業価値として算定するものです。
帳簿上に記された資産合計から、負債分を差し引いて純資産を出し、株式価値を見出すごくシンプルな方法です。
明確な数値だけを用いることから客観性も保てるメリットがあります。
しかしもととする数値が帳簿価格で、時価との間に差が生じていることも少なくありません。
それによって含み益、含み損が発生していると、企業価値が実態とはかけ離れた価格ではじき出されてしまうデメリットがあるため昨今はほとんど使用されていません。
時価純資産法とは?
簿価純資産方と異なり、「時価純資産法」では、その企業がもつ資産と負債を時価に換算した上で、全体合計から負債合計を引いて価値を計算します。
簿価純資産法と異なり、実際の市場における資産価値の変化をダイレクトに反映できるため、現在のM&Aにおける主流の方法となっています。
よってこの時価純資産法は実践面で重要ですから、後の項でさらに詳しく解説します。
インカムアプローチ
続いてインカムアプローチです。
こちらは譲渡企業において、これから先、見込まれる収益やキャッシュフローを考え、リスクも勘案して価値を評価する手法で、事業が継続された場合の収益性に着目する点が大きな特徴です。
コストアプローチは、いずれも評価日時点でその企業を清算した場合の価値を算出するスタイル。
それに対し、インカムアプローチは、将来引き継いだ事業が生む収益を推計して企業価値とします。
個々の企業が有している独特な収益獲得能力やノウハウ、性質など、単純な資産数値に表れない価値を評価結果に反映させられるメリットがあります。
しかし、その分、情報の恣意性が排除されにくかったり、将来予想が外れてしまったりといったリスクがあり、その点がデメリットになるでしょう。
DCF法とは?
インカムアプローチでよく用いられるのは「DCF法」と「収益還元法」です。
DCF法は、Discounted Cash Flowの頭文字をとったもので、日本語では割引キャッシュフロー法などと呼ばれています。
税金や設備投資など必要額を差し引き、最終的に債権者と株主に分配することができるキャッシュフローを期待値として算出します。
さらにリスクの大きさに合わせて設定される加重平均の資本コストで割り引くことで、現在の企業価値を計算します。
具体的な事業計画から、その運用によって生み出されるであろう期待キャッシュフローの全体を見込み値として算出します。
その将来価値を現在の価値に換算するための割り引きを行って企業価値とするのです。
この手法の場合、企業の無形資産を価値に反映させられることが大きなメリットになります。
先述した時価純資産法との違いで注目されることも多い手法ですから、こちらも詳細を後述します。
収益還元法とは?
もう一方の収益還元法は、不動産価格の評価手法としての方がメジャーで、一般によく知られていますが、同様の考え方をM&Aにおける企業価値に適用した収益性からの評価方法といえるものです。
事業計画がなくとも用いることができる点がDCF法と異なり、将来期待される収益を永久還元して算出された現在価値から、評価を行います。
該当企業について、およそこれまでに出ている利益が出続けていくと仮定し、5年、10年といった平均収益額を計算。
加重平均資本コストなどの適正な資本還元率による割り算を行うことから、事業価値や株式価値を計っていきます。
時価純資産法とは?計算のポイントも詳しく
M&Aで最もよく用いられる時価純資産法を、より詳しくみていきましょう。
コストアプローチのタイプに分類される時価純資産法では、企業が保有する資産をすべて売却するなどした時価総額から、負債を時価で全額支払った場合に生じる額を差し引いて、企業価値とします。
経済的な専門知識をあまり要することなく、貸借対照表など比較的限られたデータから、主観を排した客観的な現在価値を算定しやすいという利便性の高さも、適用例が増えている要因と考えられます。
しかし事業の将来的な価値、収益性を反映させることができないため、成長中の企業や大企業では適用しづらいです。
成熟期から衰退期にある中小企業のM&Aにこそ、とくに向いているとされています。
関連記事:中小企業の会社売却、事前準備からM&A完了までの進め方を解説。
時価純資産法で価値を計算する場合、どのように進めるか具体的にご紹介しましょう。
この場合の企業価値は、時価換算した全資産から時価の負債を差し引きますから、まず資産と負債を整理し、時価評価し直す必要があります。
主な評価ポイントとなる勘定項目は以下の通りで、次のように取り扱います。
売掛金や貸付金、受取手形は回収不能と見込まれるものがあれば、簿価からその分を差し引きます。
貸倒引当金の計上不足はないか注意することもポイントです。
棚卸資産については、不良在庫分など売却価格の下落分のみ簿価から減額し、資産とします。
有価証券はそのタイプで時価換算の方法に違いがあります。
上場株式については市場価格で修正、非上場株式は簿価のままとします。
会社株式は時価純資産価額で計算し、倒産企業の株式はゼロ評価とします。
固定資産となる土地や建物、備品などは、含み損・含み益が生じていないかチェックし、遊休資産があればその分も勘案して時価評価を行います。
その他減価償却資産については、簿価のほか、業界誌を参考に時価評価するといった手法を用います。
賞与引当金では、引き当て不足分を時価に含め、役員退職引当金については、確定金額のみを時価換算して取り扱います。
負債には、借入金や未払給与だけでなく、訴訟などによる偶発債務が発生するリスクが高い場合、その見込み分も評価に加えられるのが一般的です。
このように評価を進め、算出された企業価値を株式総数で割ると、1株あたりの価値も分かります。
時価純資産法では、収益性が評価に含まれない点がデメリットと指摘しました。
しかし、M&Aの現場における計算では、さらに「営業権(のれん)」を加えた評価が広くなされており、これによってある程度の将来価値も加味できるようになっています。
営業権とは、その企業が長年にわたる事業運営で培ってきたブランド力や独自価値、人的資源など、帳簿には反映されない無形資産としてあり、それを承継すれば、通常より高い収益力が見込めるようなもののことです。
そうした通常より高い超過収益分を計算し、それが持続可能な年数分を時価純資産に加えて企業価値とする超過収益還元法などが用いられます。
この営業権算定時も、時間価値を考慮した割り引きを行って適正額とするのが一般的です。
超過収益還元法以外では、より簡単な手法として、対象企業の収益数年分を営業権としてプラスする年倍法もしばしば用いられています。
DCF法とは?特徴を時価純資産法と比較して理解
時価純資産法に対し、DCF法もその違いを踏まえて理解しておきたい主要な評価手法です。
DCF法は、先述のように、まず将来においてその事業運用で見込まれる収益をフリーキャッシュフローとして求めます。
その価値合計額を計算し、実態に合った割引率で割ることにより、現在の企業価値とします。
時価純資産法は、対象企業の実際に保有する資産価値を最大のベースに、会社全体を清算したとして考えます。
それに対し、DCF法では、対象企業の事業継続を前提に、将来生み出す予想収益をベースとして価値を評価します。
この点が最大の違いといえるでしょう。
買収側が得るメリットを明確にし、売買できる点にDCF法の大きなメリットがあります。
しかし、確かな予想収益を推計できる精度の高い事業計画や企業の信頼性がなくては、適正な評価が行えなくなってしまうリスクがあり、この点がデメリットとなります。
DCF法による評価では、この先5年程度の事業計画を作成し、毎年のフリーキャッシュフローを現在企業価値に割り引き換算する計算を行うのが一般的です。
6年目以降については、5年目の推定フリーキャッシュフローが続いていくと仮定して考えます。
この6年目以降に対して適用する価値は、ターミナルバリューと呼ばれます。
フリーキャッシュフローは、営業利益から法人税相当分を差し引いた純利益に減価償却費を加算し、そこから売上債権と棚卸資産、買入債務の差額で出した運転資本の増加額分、そして設備投資額を差し引いて算出します。
このとき、事業全体のキャッシュフローを正しく計算するため、利息支払い分もきちんと含めておくことに注意が必要です。
実際の現在企業価値に換算するために用いられる割引率は、対象となる企業の状況によって異なります。
しかし、当然ながら評価の高い企業ほど割引率は低く、リスクの高い企業ほど高く設定されます。
非上場企業ならば、とくに優良企業である場合5%程度、高リスクが見込まれる場合には10%超になるといわれています。
多くの現場では、加重平均資本コストが用いられており、この率は株主資本コストと負債資本コストの加重平均から求められます。
「資本コスト」とは、企業の資金調達に伴うコストのことであり、以下のようなもの該当します。
- 金融機関からの借入に対する利息支払い
- 社債権者への利回り
- 株主への配当支払い
- 株価上昇期待
まとめ
企業価値の評価方法について概要をみるとともに、用いられることの多い時価純資産法とDCF法について詳しくご紹介しました。
さまざまな価値算定方法を知ることにより、より適正な価値評価を促したり、自社価値を最大化して交渉を進めたりすることが可能になるでしょう。
通常、資産や設備を多く保有する企業なら時価純資産法が、保有資産は少なめであるものの、事業に将来性が見込める企業ならDCF法が適していると考えられます。
しかし、ひとつとして同じものがない企業を評価するのですから、一概にこれといえる最適な手法があるわけではなく、一長一短、いずれも完璧ではありません。
営業権の算定や割引率の設定など、評価手法の内にも柔軟な幅をもたせている部分があります。
最終的な企業価値の計算はケースバイケースの対応となります。
自身でも基礎知識を身につけ、さらに専門家の助けを得ながら、納得のいくM&Aを目指しましょう。
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