多くの中小企業経営者の頭を悩ませているのが、事業承継時の税金問題です。
しかし、事業承継税制をうまく活用することで、贈与税・相続税の猶予を受けることができます。
この記事では、事業承継税制の適用を受けるための要件や、利用することによるメリット・デメリットについて解説していきます。
目次
事業承継税制とは?
事業承継税制とは、後継者が非上場会社の株式等を先代経営者等から贈与・相続により取得した際に適用されます。
「 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」による都道府県知事の認定を受けると贈与税・相続税の納税が猶予又は免除される制度です。
事業承継税制は2008年から策定されていましたが2018年に大きな変換点を迎えました。
2018年の税制改正で今後5年以内に特例承継計画を提出し10年以内に事業承継を行う事業者に対して特例措置を定め話題となっております。
平成30年度税制改正で誕生した事業承継税制の特例措置の概要
平成30年度税制改正により、事業承継税制のこれまでの措置に加え10年間の特例措置が創設されました。
この特例措置によって、中小企業にとっては事業承継税制が非常に利用しやすくなり、かつメリットも大きくなりました。
従来の一般措置の詳しい内容と、特例措置を受けるために必要な手続きについては以下記事をご覧ください。
→ 事業承継税制の一般措置と特例措置の違いとは?特例承継計画表等の特例措置適用手続きも含めてわかりやすく解説。
ここではその変更点の概要を見ていきます。(次項以降でわかりやすく図解)
特例措置 | これまでの措置 | |
事前の計画策定等 | 5年以内の特例承継計画の提出 (2018年4月1日~2023年3月31日) |
不要 |
適用期限 | 10年以内の相続等・贈与 (2018年1月1日~2027年12月31日) |
なし |
対象株数 | 全株式 (ただし、議決権に制限のない株式に限る) |
総株式数の最大3分の2まで (ただし、議決権に制限のない株式に限る) |
納税猶予割合 | 100% | 相続:80%、贈与:100% |
後継者の数 | 3人以内 | 1人 |
雇用確保要件 | 原則として、承継後5年間平均8割の雇用維持が必要だが、要件を満たさなかった理由等を記載した報告書を都道府県知事に提出し、その確認を受けることで、引き続き納税が猶予される | 承継後5年間平均8割の雇用維持が必要 |
事業の継続が困難な事由が生じた 場合の免除 |
譲渡対価の額等に基づき再計算した猶予税額を納付し、 従前の猶予税額との差額を免除 |
なし(猶予税額を納付) |
相続時精算課税の適用 | 60歳以上の贈与者から20歳以上の者への贈与 | 60歳以上の贈与者から20歳以上の推定相続人 (直系卑属)・孫への贈与 |
それでは重要部分について図解を用いてわかりやすく解説していきたいと思います。
猶予される割合が100%に大幅改善
一番の大きな改正ポイントは事業承継時の贈与税・相続税の現金負担が0になることです。
いままでは贈与と相続で取得した非上場株式でうち2/3を上限として猶予割合は80%となっていました。
つまり最終的に猶予される割合は2/3×80%=約53%だったのです。
しかし、改正後は全株式について猶予割合を100%とすることに改定され、猶予割合は100%になりました。
雇用者要件の緩和
雇用者要件は今まで相続時の8割を雇い続ける必要がありました。
しかし、改正によって8割が満たせなかったとしても理由報告を都道府県知事むけに行えば雇用要件を撤廃となりました。
対象となる後継者の数の拡大
今までは1人の先代の経営者から1人の後継者にたいしてのみの贈与が対象となっていました。
しかし、改正後は複数の贈与者から、最大3人までの後継者に対しての贈与が事業承継税制の適用範囲に拡大されました。
経営環境変化に応じた減免措置
猶予されている贈与税・相続税は廃業や売却時に支払いの必要があります。
経営環境の変化で廃業又は売却時の価値が相続税・贈与税を元に算定されると多大な負担になる場合があります。
そのため、改正案では売却や廃業時の価格を元に納税額を再計算する方式に変更となりました。
特例措置の適用をうけるには特例承継計画の提出が必要
上記の措置は全て特例承継計画表の提出が必要となります。
期限は平成30年4月1日から令和5年3月31日となっています。
認定経営革新等支援機関の指導及び助言を受けた旨を記載した特例承継計画の提出が必要です。
必要な書類は以下の中小企業庁のページ内に存在していますのでご利用いただければと思います。
中小企業庁:特例承継計画に必要な書類一式
事業承継税制の「猶予取り消し条件」と「免除条件」
ここまで事業承継税制をうけることで得られる効果について説明してきました。
当項目では猶予されている贈与税や相続税が免除される場合や、猶予が取り消しとなるケースについて説明します。
贈与税の免除又は猶予取り消しの条件
贈与税は通常先代経営者が生前に後継者に株式を譲渡した場合に発生します。
→ 事業継承にかかる相続税等の税金とは?事業継承税制の中身を知り、大きな節税を実現させましょう
贈与を受け知事の認定をうけてから5年間は代表者として経営を行い認定をうけます。
その後、以下の事項が発生した時に猶予の取り消し(確定事由)と免除となります。
【確定事由(猶予の取り消し)】
(認定期間内に以下の事象が発生:知事への申告期限から5年間)
- 後継者が代表権をゆうしなくなった場合
- 同族で過半数の議決権をゆうしないこととなった場合
- 同族内で後継者よる多くの議決権を有するものがいる場合
(認定期間後)
- 株式譲渡を行なった場合(会社売却)
- 廃業した場合
等
【免除事由(猶予分の最終免除)】
(認定期間内であっても以下の事象が発生)
- 先代経営者の死亡→相続税の支払い(※)
- 後継者の死亡
(認定期間後のみ)
- 会社の倒産
- 新たな後継者へ贈与
(※)先代経営者が死亡した場合は相続税の支払いが必要となりますが、知事の認定をうけることで相続税の猶予に切り替えることができます。
相続税の免除又は猶予取り消しの条件
相続税は先代経営者の死亡によって承継した株式に対して発生する税金です。
相続税も贈与税同様に事業承継税制の適用が可能です。
猶予の取り消し並びに免除の条件については贈与税の場合と同じになりますのでここでは割愛させていただきます。
事業承継税制の適用を受けるための要件
それでは事業承継税制の適用をうけるための要件について解説します。
会社に関する要件
以下のすべての要件を満たす必要があります。
- 中小企業者であること
- 上場会社でないこと
- 風俗営業会社でないこと
- 資産保有型会社でないこと
また、中小企業者に該当するのは、業種分類に応じて以下の通りです。
業種分類 | 中小企業者に該当するもの |
製造業その他 | 資本金の額または出資の総額が3億円以下の会社、 または 常時使用する従業員の数が300人以下の会社および個人 |
製造業のうちゴム製品製造業 (自動車または航空機用タイヤおよびチューブ製造業ならびに工業用ベルト製造業を除く) |
資本金の額または出資の総額が3億円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が900人以下の会社および個人 |
卸売業 | 資本金の額または出資の総額が1億円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が100人以下の会社および個人 |
小売業 | 資本金の額または出資の総額が5,000万円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が50人以下の会社および個人 |
サービス業 | 資本金の額または出資の総額が5,000万円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が100人以下の会社および個人 |
サービス業のうちソフトウェア業 または 情報処理サービス業 |
資本金の額または出資の総額が3億円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が300人以下の会社および個人 |
サービス業のうち旅館業 |
資本金の額または出資の総額が5,000万円以下の会社 または 常時使用する従業員の数が200人以下の会社および個人 |
先代経営者に関する要件
先代経営者に関する要件は贈与の場合と相続の場合で異なり、それぞれすべての要件を満たす必要があります。
【贈与の場合】
・会社の代表権を有していたこと
・贈与の直前において、贈与者(先代経営者)および贈与者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと
・贈与時において、会社の代表権を有していないこと
【相続の場合】
・会社の代表権を有していたこと
・相続開始の直前において、被相続人(先代経営者)および被相続人と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと
後継者に関する要件
後継者に関する要件は贈与の場合と相続の場合で異なり、それぞれすべての要件を満たす必要があります。
【贈与の場合】
・会社の代表権を有していること
・20歳以上であること
・役員の就任から3年以上を経過していること
・後継者および後継者と特別の関係がある者(後継者の親族等)で総議決権数の50%超の議決権数を保有することとなること
・(後継者が1人の場合)後継者と特別の関係がある者の中で、後継者が最も多くの議決権数を保有することとなること
・(後継者が2人または3人の場合)総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者の中で、最も多くの議決権数を保有することとなること
【相続の場合】
・相続開始の日の翌日から5カ月を経過する日において会社の代表権を有していること
・相続開始の時において、後継者および後継者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有することとなること
・(後継者が1人の場合)相続開始の時において、後継者と特別の関係がある者の中で、後継者が最も多くの議決権数を保有することとなること
・(後継者が2人または3人の場合)相続開始の時において、総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者の中で、最も多くの議決権数を保有することとなること
・相続開始の直前において、会社の役員であること(被相続人が60歳未満で死亡した場合を除く)
担保に関する要件
納税が猶予される税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。
事業承継税制の適用を受けるメリット
事業承継税制を利用する最大のメリットは、前出の要件を満たせば、贈与税と相続税が100%猶予を受けられることです。
さらに最初の項目で説明したように特定の条件を満たせば贈与税や相続税を完全に免除することが可能です。
事業承継した際には経営の円滑な引き継ぎのために資本も必要となります。
その際に贈与税や相続税によって経営が圧迫されて倒産してしまっては成功するはずの事業承継も失敗してしまいます。
受けられる税的なメリットはしっかりと申請してうけて円滑な事業承継につとめましょう。
事業承継税制の適用を受けるデメリット
中小企業にとって大きなメリットがある事業承継税制ですが、注意点もあります。
それが納税猶予の打ち切りです。
事業承継税制の適用を受けるための要件を満たさなくなった場合、納税猶予を打ち切られてしまうので注意しましょう。
贈与税・相続税の申告期限から5年以内は多少厳しい要件がありますが、それ以降は比較的緩い要件だけが残ります。
納税猶予が打ち切られた際は、猶予されていた贈与税・相続税に加え、利子税も納めなければなりません。
まとめ
これまで見てきたように、事業承継税制は中小企業にとって大きなメリットがあります。
うまく活用することで、実質負担なしで事業を承継することが可能です。
一方、事業承継税制には注意点があるということも頭に入れ、慎重に利用を検討する必要があります。
また、事業承継税制は複雑な制度であるため、わからない点は制度に精通した専門家に相談するのがよいでしょう。
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