「事業承継の進め方」の記事では、中小企業庁が作ったガイドラインを参考に、中小企業の事業承継の現状と事業承継のすすめ方について解説しました。
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今回は3つある事業承継のパターンのうち、「社外への引き継ぎ(M&A)」以外の、「親族内承継」と「従業員承継」を取り上げます。
後継者を選ぶ際は、それぞれのメリットとデメリットを知り、誰に会社経営を承継させるかを考えることが必要です。
目次
親族内承継と親族外承継とは?
最初に法律や条文でも使われる、この用語を再確認しておきましょう。「親族内承継」とは、親族を後継者とする事業承継です。
この場合の親族は一般的には息子や娘といった経営者の子供が多いですが、甥や姪、弟などの親族に引き継ぐ場合も含まれます。
「親族外承継」はその名のように親族外の人間に事業承継をさせる場合です。
これはさらに会社の役員や従業員など会社内部の人間に経営を引き継がせる「従業員承継」と、会社外部の人間が引き継ぐ企業買収(M&A)に分かれます。
今回取り上げるのは前者の「従業員承継」の方です。
どのパターンにせよ企業に関わる多くの人々の思惑や利害が関わってくるので、経営者自身が健康であるうちに道筋を作り、関係者との十分な意思の疎通を取っておくことが大切です。
親族内承継の現状
「中小企業庁白書」によると、小規模経営者の事業承継で後継者が決まっている場合、その9割近くが親族内承継でしかもその多くが子です。
関連:事業承継の後継者の選び方とは?跡継ぎとして息子などの親族、役員・従業員に承継した場合を検証。
中規模の場合は親族外の割合は増えますが、依然として親族内承継も多いことがわかります。
以下の図からもわかるとおり親族内承継は55%を占めています。

参照:中小企業
その理由としては、中小企業の場合、規模が小さいほど自己資本の蓄積が少なく、会社と経営者やその親族との一体性が強いためです。
逆に規模が大きい企業ほど自己資本も増え、法人と個人の区別がはっきりしてくるので、親族外承継が増えていくのです。
親族内承継のメリット
それでは、まずは親族内承継のメリットから見ていきましょう。
【親族内承継のメリット】
- 後継者が若いうちから決定でき、長期の準備・育成期間を確保できる
- 事業承継方法について、柔軟な話し合いがしやすい
- 現経営者とのつながりが強いため、従業員や取引先など内外の関係者から心情的に受け入れられやすい
- 他の方法と比べて、所有と経営の分離を回避できる
自分の子などの親族に引き継ぐ場合、早いうちから準備ができ後継者を早くから周囲に認知させることができるのは大きなメリットですね。
身近な存在であれば、経営に関しても本音で話しやすいでしょう。
また、後継者が息子や娘の場合は当然ながら経営者との年齢差があるので、比較的若い年齢から育成に取り組むことができます。
ここではいくつかのメリットのうち、早くから後継者が決まっている場合の「後継者育成」について述べてみます。
後継者の育成方法には「社内教育」と「社外教育」があります。
「社内教育」のメリットは会社の雰囲気や事業内容、運営方法などを知ることができ、また他の従業員との信頼関係を築く時間も生まれます。
また経営者の身近にいれば、経営理念や経営者がすべきこと、またどう振る舞うかなども、社風に合わせて知ることができます。
具体的には、社内の各部署をひと通り経験した後、経営や企画に参加させ、本人のリーダーシップの発揮を促し、またそれを周囲に示すようにするといいでしょう。
また、「社外教育」には、他社で勤務することにより多様な経験を積み、また自身が経営者となる会社を客観的に見る目を育成するメリットがあります。
ほかには、親族に承継する場合は贈与税や相続税の対策が必要になりますが、事業承継では税制上のさまざまな特例があり、
それらを活用することで税負担を抑えるというメリットがあります。
親族内承継のデメリット
【親族内承継のデメリット】
- 息子や娘が進んで引き継ぐとは限らない
- 親族内に、経営能力と意欲がある者がいるとは限らない
- 相続人が複数居る場合、後継者争いが起きることがある
- 見知った親族だからと、細かい意思の疎通や物事の検討がおろそかになる
後継者が自分の子や親族だからといって、それを経営者が胸の内に秘めておけばいいというものではありません。
親が子に「後を継いでくれるのは当たり前」と考えるのは甘えです。
事業の後継者となるということは、自分にとっては相手が子でも、本人にとっては大きなことです。
子どもには自分の進む道があるかもしれないのです。また、逆に子どもが漠然と「いずれ引き継ぐだろう」と思っていても、
親が他人に事業承継をしてしまうかもしれません。身近な存在でも、きちんと同意を得ることを怠ってはいけないのです。
特に経営に家族や親族が関わっている場合には、早めに家族会議や親族会議で後継者の事業承継の同意を取っておくことが重要です。
準備不足の場合、親族間で後継者争いが起きることもあるからです。
また、従業員、取引先、金融機関に対しても、誰が後継者であるか、そしていつどのように事業承継が行われるかを示しておくことも重要です。
「事業承継の話を出すと逆に信用問題になるのでは」という経営者もいますが、
取引先や従業員にとっては、将来の事業計画や後継者問題が不明な方が逆に不安になります。
「従業員承継」とは?
親族外承継では後継者を社内に求めることが多く、経営に近い立場のいわゆる「番頭さん」に位置づけられる人に事業を承継することも広く行われています。
親族内承継が年々減少している近年、この従業員承継は増えていると言っていいでしょう。
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この場合「従業員」としていますが、会社の役員なども含みます。
ただし親族を後継者にするときと同様に、ここでも後継者は時間をかけて教育することが望ましいです。
従業員承継のメリット
それでは従業員承継によるメリットとデメリットを確認してみましょう。
【メリット】
- 会社のことをよく知っている人間である
- 親族内に適任者がいない場合でも、候補者を確保しやすい
- 経営者も、その人となりや能力がわかっている
- すでに社内や社外でも信頼を得ていれば、周囲も納得する
能力のあるものを社内から人選できるというのは魅力です。
また社風や理念、会社の方針などもわかっているので、現状維持にはぴったりです。
社外から来た「よそ者」ではなく、もともと社内にいたので他の従業員との関係もすでに築かれています。
下の者からも経営者引き継ぎによる大きな業務の仕方の変更もなく、安心できるでしょう。
従業員承継のデメリット
[デメリット]
- 親族内承継と比べて、関係者から心情的に受け入れられにくい場合がある
- うまくいかないと役員同士でもめることがある
- 世代交代が行われない
- 株式取得などの資金力がない
- 会社の変革が望めない場合もある
従業員承継では、現経営者の親族、他の従業員の理解のほか、後継者の配偶者の理解も必要です。
また親族内承継でも息子や娘の代に引き継ぐのであれば経営者の世代が一気に若返りますが、従業員承継では社内の有力な社員が経営者になるので、
それほどの若返りは見られず、しばらくするとまた事業承継の問題が出てくるでしょう。
また、従業員承継の場合は、贈与税や相続税対策は必要ないですが、その代わりに後継者が株式を取得する資金調達の方法も考えなければなりません。
新しい経営者が力を振るうには、一定の株式が必要となるからです。
これには役員報酬の引き上げももちろん、金融機関からの借入などが一般的に行われています。
まとめ
今回は、親族内承継と従業員承継のメリットとデメリットを見てきました。
社外から後継者を連れてくる場合に比べて大きな変革は難しいですが、会社の良いところを理解している者がなる場合も多く、
社風や理念を維持したい場合や、従業員や関係者の反発が少ないことも予想されます。
ただしどちらにせよ、準備期間を取ることが重要です。経営者が健康なうちに承継を終わらせておくのが、後継者への引き継ぎを円滑に済ますコツです。